私の住み替えストーリー・第1話【前編】

株式会社ハピネススタイル 代表 中村多喜子

■一人暮らしの義父、「要介護3」に

夫と大学生の娘、高校生の息子と一家4人+愛犬と横浜市内のマンションで暮らしていました。その頃、私は20代の頃からの目標だった「女性向け不動産会社」を40代後半で立上げたばかり、忙しいながらも、息子の高校野球の応援をしつつ、充実した毎日を送っていました。

一方、千葉県・木更津市にある義理の実家では、義母の他界後、義父が一人で暮らしていました。80歳半ばと高齢ですがいたって健康で元気。ですが、愛車・マーチの傷や凹みが気になり始め、ニュースで高齢者の車の事故を聞くたびに心配でした。

ある時、義父に「最近高齢者の事故が多いから、そろそろ車の運転はやめたらどうですか?」と言ってみましたが、義父は「車がなくなったら、どうやって買い物や病院に行くんだよ!足は痛いし、近くのスーパーは無くなったし、車がないと生活ができないんだよ。運転は慣れた場所だから心配しなくても大丈夫だよ」と言って、運転をやめることはありませんでした。

ところが1年経ったころ、義父は脊柱管狭窄症で歩くことが困難な状況になり、手術を受けることになりました。退院後は「要介護3」の認定を受け、介護サービスを受けながらの生活となりました。本人は「まだ運転はできる」と言いましたが、家族の説得もあり、これを機に免許証は返納し、愛車は廃車にしました。

それからというもの、私はスケジュールを調整しながら時間を作り、病院への送迎や買い物、一緒に食事をするなど、木更津に通う回数を増やしていきました。

ところがある日、義父から急な電話がかかってきました。

「ベッドから起き上がれないんだよ。今すぐに来てくれないか?」

運の悪いことに、その日のスケジュールははずせないものばかりで、急に動くことができませんでした。それに、すぐにと言われても、横浜と木更津ではアクアラインを越えるため、“スープが冷めない距離”とはいえません。

その時、義父を助けてくれたのは、お隣さんでした。古くから付き合いがあり、いつも義父のことを気にかけてくれていたこともあり、義父からの電話を受け様子を見に行ってくれていたのです。

ホッとしたのもつかの間、それ以降、何度となく電話がかかってくるようになりました。仕事中でもお構いなく、電話に出られないと「なんで電話かけても通じないの?」とご立腹―。「このままではいけない。義父が元気なうちに何とかしたほうがいいのでは…」と不安が募ってきました。

義父の住む家は、築40年、土地80坪、建屋は30坪・5LDK。身体が不自由な義父にとってその家はあまりにも広く、室内や庭の掃除などに加え、水道・光熱費や固定資産税など建物の維持管理費も年金から拠出しなければならず、身体的にも金銭的にも大きな負担になりつつありました。さらに運転免許証も自主返納したため、日常的な買い物に行くことが不便になってしまったことも、生活面における心配事の一つでした。

 

■「お義父さん、住み替えを考えてみない?」

そこで私は意を決して、義父に「住み替えを検討してみませんか?」と提案しました。このままだと生活資金が目減りしてしまうこと、自宅を売却すれば適度な家に住み替えることもでき、今後の生活も安心できること―。

ですが、そう簡単には理解してもらえませんでした。最初、義父は「お前たち家族が木更津に住めば?」と言ってきましたが、大学生・高校生の子ども達の通学、夫と私の通勤を考えると、木更津に引っ越すことは非現実的です。元学者である義父は、私たちのライフスタイルを理解することができず、時には叱られることもありました。正直「なんで嫁の私がここまで言われるの…」と思ったこともあります。

それでも根気よく、木更津から出たくない義父のために、生活環境を変えなくてすむように、木更津エリアでの住み替えのパターンをいくつか作りました。そうすると、少しずつですが理解をしてもらえ、ようやく義父も「不動産の仕事をしている息子の嫁が言うなら」と、納得してくれました。

早速、ケアマネに相談しながら、有料老人ホームやケア付き賃貸マンションの資料を取り寄せ、見学に行きました。至れり尽くせりの有料老人ホームは快適で魅力的。とはいえ、初期費用や毎月の施設料(家賃・管理費・食費等)は高額で、預金と年金で賄うのは難しく、比較的初期費用が少額な有料法人ホームを探していきました。ある施設で、3日間体験入居をしてみました。しかし、たまたまなのでしょうか、施設の方と相性が合わなかったようで「老人ホームは嫌だ」と言い始めました。

そこで今度は、ケア付き賃貸マンションかシニア賃貸マンションに絞ることにしました。一見話はスムーズに進んでいきましたが、「部屋が狭い、荷物はどうするんだ。やっぱり、引越ししないで、動けなくなるまでこの家にいるよ」と、振り出しに戻ってしまいました。自分が想像していたのと違っていたようで、やはり頭では理解していても気持ちがついていっていなかったようです。結局、義父が頭を縦に振ることはありませんでした。

「本人が納得できないなら仕方ない…」。一度はそう思いましたが、それでも90歳近い義父を、木更津の一軒家に一人にしておくわけにはいきません。私は家族と相談し、「同居」について考えていくことにしました。

 

■3度目の“終のすみか”探しに突入

とはいえ、今住んでいる自宅マンションに義父を呼び寄せて、家族5人+愛犬2匹と生活するには狭すぎる―。

そもそも、私たちが住んでいるマンション一帯は総合開発エリアであり、駅近で商業施設やコンビニ、公園や保育園、病院・介護施設など生活環境が充実し、緑と素敵な町並みに囲まれた場所です。私たち夫婦は「ここでなら穏やかに子育てできそう」と、この街を気に入り、それまで住んでいた自宅を売却して購入。子どもが独立したらリノベーションして、愛犬と夫婦二人でのんびりとしたセカンドライフを満喫しようと考えていた、“終のすみか”でもありました。

まさか3度目の家探しをすることになるなんて、想像もしていませんでした。子ども達は住み慣れたマンションから引っ越すことを本当に嫌がりました。「お母さん、なんでこんなに便利な場所にいるのに引っ越すの?それって意味あるの?」

しかし同居を考えると、やはり新しい家を探した方がベストだろう、と思いました。

そこで100㎡以上のマンションか戸建住宅を検討することに決め、物件探しに取り掛かることにしました。義父の自宅売却(木更津)と私たちの自宅売却(横浜)、そして住み替え先探しと、3つを同時進行で行う“荒業”が始まったのです。

私の住み替えストーリー第1話【後編】に続く

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